3Dプリンタが見せる夢、あるいは現実 ―最新の事例とともに

お世話になっております、くまむんです。以前、コメント欄にて3Dプリンタに関するリクエストを頂きありがとうございました。前職でインクジェット関係の会社で働いていたこともあり何かの縁だと思いましたので、簡単にではありますが、最新の事例を含めてまとめてみました。その道に詳しい方にとっては目新しさに欠ける所もあるかもしれませんが、少しでも伝わるものがあればと思います。

目次

  1. はじめに
  2. 3Dプリンタとは
  3. 様々な機種
  4. 個人が「創る」時代へ
  5. 様々な分野で使用されている3Dプリンタ
    1. ノキアと3Dプリンティング
    2. アパレル業界への進出
    3. 先端バイオ分野での活躍
  6. 3Dプリンタの課題
    1. 道義的な問題
    2. 製造物に対する責任
    3. 著作権について
  7. 終わりに

1.はじめに

近年、3Dプリンタに関する話題が世界中で盛り上がっており、3Dプリンタを題材とした書籍やテレビの特集番組を見る機会も増えて来ました。しかしながら個人で導入している人はまだまだ少なく、「3Dプリンタがスゴイ」と言われてもいまいち実感としてピンとこない方も多いと思われます。そこではじめに、この技術が現在どれほどの市場性を持っているのかということについて触れておきたいと思います。

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米マテリアライズ社がLide AG社のプラント設計にあたって製作した130×100×75cmのスケールモデル。
3Dプリンタで個別に出力した7つのパーツを接着することで構成されている。(リンク

昨年の12月、3Dプリンタの業界最大手であるStratasys社とObjet社が合併して大きな話題になりました。

Staratasysは世界中の3Dプリンタ市場全体で50%以上のシェアを持ち、低価格~ミドルレンジの機種で採用されている「熱溶解積層方式」の基本特許を持っている会社です。一方のObjetは高級機種の多くで採用されている「光造形方式」で高い技術力を持っている会社です(各方式の詳細については後述)。これら3Dプリンター業界の両雄が合併することで、時価総額30億ドルという巨大なプリンタメーカーが誕生しましたが、この30億ドルというのはどれほどの規模なのでしょうか。

インクジェット・プリンタのメーカーとして有名なエプソンと比較してみましょう。同社の2013年1月21日時点での時価総額は1,740億円(株価参考)ですので、これを1ドル=90円として換算すると、およそ16億ドルになります。これはつまり、未だ一般に広く普及しているとはいえない3Dプリンタに特化して事業を行なっている会社が、既に一家に一台以上という普及率を誇るインクジェット・プリンタの大手メーカーのおよそ2倍に相当する時価総額を保有しているということになります。

フリー」などの著者として有名な米Wired編集長のクリス・アンダーソン氏は、2012年に出版された著書「MAKERS」の中で3Dプリンタを「21世紀の産業革命」と語っていますが、そもそも3Dプリンタとはどのようなものなのでしょうか。この記事では、その基本的な仕組みから応用例・課題・今後の展望などを直近の話題を交えて紹介していきます。

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2. 3Dプリンタとは

3Dプリンタとは、通常の紙に平面的に印刷する「プリンタ」に対して、3D CADや3D CGなどの3次元データを基に立体物を造形する機械です。 

歴史的には、1983年にチャールズ・ヒルという人が立体造型機に関する特許を取得したことが始まりと言われています。それ以来、3Dプリンティング技術は航空宇宙産業や自動車産業などで試作品を作る際に利用されていました。ごく最近まで3Dプリンタは非常に高価で、前述したようなごく一部の分野でしか使用されていませんでしたが、ここ5・6年の間に一気に低価格化が進み、個人でも入手可能なものになってきています。

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ウィーン工科大学・Jürgen Stampfl教授らの研究チームが光造形方式(後述)により作製したF1カー。
造形にかかった時間は4分で、造形誤差は1μm(1mmの千分の一)以下。

3Dプリンタの仕組みは、CADやCGなどの3Dデータを基に、1回の印刷で厚さ数mm~数μmの断面形状を作製し、これを高さ方向に積み上げていくことで立体物を作製します。素材として使用されるものは各種樹脂やラバー材をはじめ、最近のハイエンド機種では金属を溶かして射出するような機種もあります(素材が金属であっても、断面形状を作製し、それを徐々に高さ方向に積み上げていくという原理は変わりません)。

現在実用化されている3Dプリンタのうち、主流となっている方式の一つが過熱・溶解させた樹脂材料を徐々に積み上げていく「熱溶解積層方式」で、前述したように低価格からミドルレンジの製品で採用されている技術です。この方式の利点として、装置価格を比較的安価に抑えられることと操作が簡便であることが挙げられますが、他方、原理的に1mm以下の細線を描画することが難しく、複雑な構造の作製には不向きであるという弱点があります。

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注釈: 丸紅情報システムズ ウェブサイトより引用)

実際に稼働している様子を収めた動画が以下のものです。

 

これに対して高級機種を中心に採用されているのが、紫外線(UV)があたると硬化する特殊な樹脂にUVレーザーを照射することで成形してゆく「光造形方式」です。この方式の利点として、前述の熱溶解積層法に比べて繊細な加工が可能であるということがありますが、装置価格が高くなる・使用出来る材料が限定されるといった欠点もあります。

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(注釈:http://inter-culture.jp/Create/create_first.html#hikariより引用) 

 こちらの方式で造形している様子を収めた動画が以下のものです。

 

現在流通している3Dプリンタの90%以上は上記の熱溶解積層法もしくは光造形法式によるものですが、これらの他に一部機種で採用されている技術として、金属の粉末を高出力のレーザーで焼結させて積層させてゆく方式などもあります。

3. 多様な機種

一昔前までは1台あたり数百万円から数千万円という価格が当たり前だった3Dプリンタですが、現在は20万円程度のデスクトップサイズの普及機から、数百万円・数千万円するハイエンドのものまで、多様な機種が登場しています。

以下に、代表的な機種をいくつかご紹介致します。

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これらの3Dプリンタは、現在、製造業をはじめ医療・教育・先端研究など幅広い分野で普及が進んでいます。用途は業界によって様々で、製造分野では製品や部品などの試作やモックアップとして、医療分野ではCTやMRIによる断層撮影データを元にした「術前検討用モデル」として、教育分野では「モノづくり教育のツール」として活用されています。

蛇足ですが、上記のヴォクセルジェット・VX4000は、昨年公開された映画「007 スカイフォール」でボンド・カーとして使用されている「アストン・マーチンDB500」の1/3レプリカ作製に使われたことで一時期話題になっていました。

4. 個人が「創る」時代へ

ここで少し脱線をして触れておきたいことがあります。まずは、以下の動画をご覧ください。

 

ここで描かれているのは、「最先端の機械を駆使して、自分の手で自分のほしいモノを作る」世界です。我々が普段使用している食器や家具などの多くは工場で大量生産されて店頭で販売されているものですが、3Dプリンタさえあれば、この上の動画に描かれているように自分でデザインした物を自分の手で形にすることが可能になります。

しかしながら、安くなってきているとはいえ標準的な機能を装備している製品では20万円近くする3Dプリンタを個人で導入することは未だ容易とは言えません。 さらに、3Dデータから実物を造形する際に必要となる微妙な寸法調整など、経験則に基づくノウハウが必要となる場面もあります。そういった問題を解決する答えの一つが上の動画の中にも登場する「ファブラボ(FabLab)」です。

ファブラボとは、最新の工作機械を設置した “市民工房” や、その世界的ネットワークを指すもので、日本にも鎌倉・渋谷・つくばに拠点があります。ここでは所定の手続きさえ踏めば、誰でも3Dプリンタやマシニングセンタ・カッティングマシーンなどの高価な工作機械を無料で使用することができ、自分の思い描くアイデアを形にすることが可能です。

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このような「欲しいものは自分で作る= パーソナル・ファブリケーション」という概念が、3Dプリンタの発展とともに世界中で急速に広まってきています。かつてはごく一部の人間のみ使用可能であったコンピューターが今ではあらゆる人に使われているように、3Dプリンタがごく身近な存在になる時代はすぐそこまで来ているのです。

5. 応用例

今日では3Dプリンタはあらゆる分野で使用されていますが、その中から、最近海外で紹介されていた事例をベースとして、応用例を3点ご紹介します。

I.ノキアと3Dプリンティング

ノキアは2013年1月18日、同社製スマートフォン「Lumia 820」のケースを3Dプリンタを用いて作製するために必要なCADデータ及び技術仕様に関する情報を公開しました(リンク)。3Dプリンタを使用してケースを作る際に必要なソフトウェアや素材などに関する情報も併せて公開されています(リンク)。

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3Dプリンタの一般的な普及率や、ユーザーに一定水準の工作スキルが必要なことを考えると試験的なプロジェクトと言えそうですが、このような試みはこれまでになかった全く新しいものです。このサービスが継続的に発展・拡大してゆけば、ユーザー自身が手軽に世界で一台の携帯電話を作ることが可能になる日が来るかもしれません。

また、ノキアは自社ブログの中で、3Dプリンティングを活用した製品デザインに関するアイデアを募集しており、今後、自動車や自転車用のマウント・カメラ用アクセサリなどについても携帯カバーと同様のプロジェクトをスタートさせてゆくと述べています。

アップルやサムスンなどの巨大メーカーに押され、かつて携帯電話世界シェアNo.1の座に輝いていた頃の栄光を失っているノキアですが、他社に先駆けてこのような先進的なサービスを手がけてゆくことで今後巻き返しを図ることが出来るのか注目されます。

II.アパレル業界への展開

2013年1月21日、「Iris Van Hopen」というブランドのファッション・ショーがパリで開催され、3Dプリンタで作製したドレスが披露されました。このIris Van Hopenというのは、日本では聞き慣れない名前ですが、海外ではビョークの ”Biophilia” というアルバムのジャケットに登場する衣装をデザインしたことがきっかけとなり、一躍知名度が高まっているブランドです。

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このIris Van Hopenは、以前から3Dプリンタを用いたドレス作りをマサチューセッツ工科大学及びStratasys社と共同で手がけており、2011年には「TIME誌が選ぶ今年の発明」にも選ばれています。同ブランドは、3Dプリンティング技術を取り入れたモード・ファッションを継続的に展開してゆくとしており、今後も動向が注目されます。

上記のようなショーで使われる衣装を一般の人が着る機会はほとんどありませんが、より身近な所では、3Dプリンタで作製した女性向け下着やパンプスなども登場しています。こういったアパレル関連の分野では型が不要であることや、細かなデザイン変更に柔軟に対応可能であるといった点で3Dプリンタの利点を活かせることもあり、これから発展してくる分野かもしれません。

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III.先端バイオ分野での活躍

ヒト胚性幹細胞(ES細胞)を生きたままの状態で「印刷」して立体物を作製することに世界で初めて成功したとするヘリオット・ワット大学(イギリス)研究チームの論文が、2013年2月4日付の英国物理学会の学会誌「Biofabrication」に掲載されました。

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ES細胞とは、あらゆる組織や臓器の元となる細胞です。特殊な培養方法によって生体組織や内臓器官を人為的に作り出すことができるため、神経細胞や血液細胞の再生医療の技術として難病治療への応用が期待されています。

3Dプリンターで細胞を吐出・印刷することで人工臓器の実現に繋げようとする研究は既に世界中で多くなされており、成体幹細胞などいくつかの種類の細胞では既に成功していましたが、より万能といわれるES細胞に関してはその脆さ故に生きたまま「出力」することに成功した例がありませんでした。

培養皿上に「出力」されたES細胞は、出力後に72時間放置しても細胞の70~95%(数値のバラつきは、恐らく再現性をとるためにN増しにした際の値の範囲)が生き残り、その後さらに3日間成長し続けたそうです。

同論文では、今回の実験は基礎的なもので特定の立体物を作製することが目的ではなかったとしていますが、同時に、この技術が完成すれば実験室でヒト細胞組織を作製することも可能になり、いずれは臓器提供や動物実験を無くすことも可能になるかもしれないとも述べています。

6. 3Dプリンタの課題

前項では3Dプリンタのポジティブな面について触れましたが、ここではより現実的な部分について見てゆきたいと思います。

I.道義的な問題

近年、米国では3Dプリンタを使用して銃を製造しようとする計画が論議を読んでいます。これは、テキサス大学の学生が立ち上げたサイト”Defense Dist.“上で行われている、ローエンドの3Dプリンタにより製造可能な銃を設計・公開することを目指す「ウィキ・ウェポン」というプロジェクトで、実際に3Dプリンタで作製したlower reciever(ロウワー・レシーバー、弾倉や銃座を接続するための部品)を組み込んだAR-20ライフルが公開されています。

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このグループは、実際にこのAR-20ライフルを射撃している動画も公開しています。

ハワイなどで実銃を撃った経験のある方はわかると思いますが、弾丸を発射する時の反動というものは想像以上に大きいものがあります。公開されている動画では6発撃った時点で部品が割れてしまっていますが、裏を返せば「ローエンドの機械で作製したものでも6発程度なら撃つことができる」という事になります。造形素材の改良が日々進んでいることを考慮すれば、十分な耐久性をもった部品を作製することが可能になる日はそう遠くないのではないかと思えます。

米国のように比較的簡単に銃が入手できる地域では、コスト・製造時間などを考慮すると3Dプリンタで作られた銃が大量に出回るということは考えにくいかもしれません。しかし、日本のように規制が厳しい国ではこういった技術が「抜け道」になる可能性があり、違法な銃の氾濫に繋がる事も有り得ます。今後3Dプリンタの普及が進んでくれば、こういった問題に対してどのように向き合っていくのかといった議論も必要になってくるでしょう。

II.製造物に対する責任

3Dプリンタを用いて作製した製造物に関する責任の所在についても議論があります。例えば前述のように、ユーザーが3Dプリンティング技術を駆使して銃の部品を作り、それを用いて人を殺傷してしまうような事件が起こったとします。この場合、ユーザーが罪に問われるのは当然ですが、そういった銃器類を製造可能な装置が存在していたという事に対して責任を問われるのは誰でしょうか?

銃の3Dデータを公開した人間、装置を開発したエンジニア、素材を提供した材料メーカー、販売代理店、法規制を設けなかった政府…考えだすとキリがありません。現状の製造物責任法をより高い次元で見直す必要も出てくるものと思われます。

III.著作権について

技術が進歩することで、ユーザーが日常的に(それこそインクジェット・プリンタを使うような感覚で)3Dプリンタを使うような状況になった時に顕在化してくるもう一つの問題が著作権に関する問題です。

例えば、ユーザーが自分で考えたオリジナルのキャラクターを3Dプリンタで印刷して造形することはなんの問題もないでしょう。しかし、例えばウェブから初音ミクの3Dデータをダウンロードしてきて3Dプリンタでフィギュアを作製しようといった場合はどうでしょうか。自分で楽しむ分には問題なし?それとも、3Dデータを公開すること自体が違法行為になってしまうのでしょうか?

クリエイティブ・コモンズの浸透や、ニコニコ動画などに見られるユーザー自身がコンテンツを創出する文化の発展とともに、この10年で著作権の様態・考え方もだいぶ変化してきていますが、今後3Dプリンタの性能進化に伴ってさらに深い議論が必要になるものと思われます。

7. 終わりに

1980年代にインクジェット・プリンタが初めて発売された時に、その技術が数十年後の未来において液晶ディスプレイの量産現場で使用されていたり、太陽電池の研究開発現場で使用されていたり、果ては人工臓器の作製に寄与することになると考えていた人はいませんでした。

3Dプリンタはインクジェット・プリンタ以上に巨大なポテンシャルを秘めた技術です。装置や材料の低価格化が進んで入手しやすくなってきているとはいえ、技術が成熟して本当の意味で身近なものとなるにはもう少し時間が必要でしょう。しかしながら、テクノロジーは私達が学校に行ったり仕事をしている間にも凄まじい勢いで前進を続けています。

3Dプリンタを巡る未来は輝かしいものばかりではありませんが、それでも私はこの技術がもたらす壮大な技術変革を夢想せずにはいられません。今後もこの技術に関する話題には継続的に注目してゆき、3Dプリンタに関する知見を一人でも多くの方と共有することができたらと思います。

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思慮深く献身的な市民のグループが世界を変えられることを疑ってはならない
- 事実、世界はそのようにして変わってきたのだから。
マーガレット・ミード、文化人類科学者

なお、記事の長さの都合から特許に関する情報や山ほどある応用例・細かい薀蓄などを大幅に端折ってありますが、これらの部分に関しては今後の記事で折にふれてご紹介させて頂きたいと思います。

また今回、記事の可読性を高める目的で試験的に目次と対応する各項目へのリンクを導入してみましたが、これではまだまだ読みにくい・他にこうしたらもっと良くなるというご意見がございましたら、ぜひご教授頂きたく存じます。

参考元

  • 3Dプリンタの社会的影響を考える-英国の政策レポートをもとに
  • MAKERS―21世紀の産業革命が始まる
  • インクジェット時代がきた! 液晶テレビも骨も作れる驚異の技術
  • 米国商標特許庁

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