プログラマーの金子勇氏が死去 42歳 ―ファイル共有ソフトWinny作者

プログラマーであり、情報技術者である金子勇氏が6日、急性心筋梗塞で死去した。42歳だった。同氏はWindows向けのファイル共有ソフト「Winny」の開発者で有名。

金子氏は栃木県出身。茨城大学工学部情報工学科を卒業。同大学院工学研究科情報工学専攻修士課程を修了した後に、同博士課程を修了。工学博士となる。日本原研に勤務した後は、IPAの未踏ソフトウェア創造事業「双方向型ネットワーク対応仮想空間共同構築システム」に従事。これによりスーパークリエータ認定を受ける。

日本において「P2P通信」を広く一般的に知らしめるきっかけになったファイル共有ソフト「Winny」を、2002年に2ちゃんねるの「ダウンロードソフト板」で公開。2ちゃんねるにおいて、固定ハンドルネーム「47氏」としても知られており、インターネットユーザーの間ではこちらの名前のほうが知られていた時期もあった(※ハンドルネームなので本名は分からずで当然)。

しかしながら、2004年に著作権法違反幇助の疑いにより京都府警に逮捕され、同年5月31日に起訴される。そこからは金子勇氏としての名前が公になり、2006年12月、京都地方裁判所の氷室眞裁判長が罰金150万円(求刑・懲役1年)の有罪判決を言い渡す。控訴審において、2009年10月に大阪高裁の小倉正三裁判長が無罪判決を言い渡し、大阪高等検察庁は判決を不服として最高裁判所に上告。2年後の2011年12月に最高裁判所第三法廷・岡部喜代子裁判長は検察の上告を棄却し、金子氏の無罪が確定した。

上記のWinnyを巡る逮捕~無罪に至るまでの経緯においては、技術開発自体の是非は問われてはいなかったものの、「P2Pソフトウェアを開発・提供しただけで逮捕される」との一部専門家による見解や、報道で「P2P」という言葉のみが先行したことによる負のイメージは、少なからず企業における事業計画に影響を与えたものとみられており、日本国内におけるP2P型ソフトウェア開発の停滞を引き起こした可能性は否定できない。

Winnyが公開された2002年当時は、Windows XPの販売は行われていたものの、ブロードバンド回線の整備が進み始めた頃であり、まだまだインターネットはコンピュータ好きのユーザーが利用者層の大半を占めていた時期であった。そこにはハッカー文化とそれに興じるカジュアル層が存在したことは無視できず、”Winny逮捕問題” ではその辺りも含めて議論されることが多かった。

2013年1月には東京大学情報基盤センター特任講師に就任。Winnyにも利用された技術を応用したファイル・コンテンツ配信ソリューションを提供する株式会社Skeedのファウンダー兼CINOも務めていた(前・同社取締役)。

日本における「情報技術と法」に深く関わった人物の一人であることに加え、ソフトウェア開発者としての見地・知識を次世代に繋げていく矢先の訃報となった。

[日経新聞][Skeed]

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