ウィルコム再びの復活劇 ‐業績好調で債務を一括弁済。ソフトバンクの連結子会社化へ

もし日本の通信業界を指して「最もしぶとい会社はどこか」と問われたら、筆者は真っ先に答えるでしょう。「それはウィルコムだろう」と。

ソフトバンクは1日、発行済株式の100%を保有するウィルコムについて、債務の返済に必要な残高約271億円を資金提供し一括繰上弁済を行いました。これによりウィルコムは会社更生法の手続きから終結することとなり、同時にソフトバンクの連結子会社となりました。


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時代に翻弄され続けた通信会社

ウィルコムのこれまでの歴史は非常に数奇であったと言わざるを得ません。1995年に国産の簡易携帯電話技術としてのPHS方式を採用し、「ポケット電話」として事業を開始した同社は、その後「DDIポケット」と名称を変え、当時高額だった携帯電話(ケータイ)に代わり高校生や大学生を中心に「ピッチ」という愛称と共に大ヒットし、若者が持つ携帯電話としての地位を確立しました。

その後2G方式による当時の一般的なケータイが移動体通信事業の分野で遅れを取っている間にいち早く通信事業にも乗り出し、「H”(エッジ)」のブランド名と共に通信事業を軌道に乗せ、ここでもまた大ヒットに。一見事業は順調そのもののように思われましたが、その後ケータイが安価となり高校生などの若年層にも売れるようになってくると、安さが売りであった “ピッチ” はその地位を奪われていきます。

そんな時、DDIポケットを拾い上げたのがKDDIでした。KDDIは移動体通信の1つの柱としてPHS事業を利用することを画策し、PHSは徐々にその業態の中心を音声通信からデータ通信へとシフトさせていきます。


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DDIポケットはデータ通信の分野で多くの法人需要を獲得し、音声ユーザーの減少による減益をここでもかろうじて食い止めます。データ通信の定額サービスを国内で初めて開始したのも同社であり、データ通信事業は順調に推移しているかのようにも見えましたが、ここにも時代の潮流が押し寄せます。

ケータイはその通信方式を2Gから3Gへと移し、ドコモはFOMA、KDDI(au)はCDMA 1X WINによる高速データ通信を開始。これによってPHS方式によるデータ通信の絶対的な優位が崩れ、またもやユーザー流出の危機に。

ドコモやauがデータ通信の分野でも順調にシェアを獲得していく中で、その存在意義を失いかけていたDDIポケットは、ここでKDDIグループから切り離されることに。KDDIにしてみれば「厄介払い」であり、これでPHS技術の歴史は終わるかと思われましたが、ここからがDDIポケットの第一の復活劇となります。

野に投げ出されたDDIポケットを拾い上げたのは、米国の投資ファンドであるカーライルでした。カーライルはDDIポケットの通信技術にまだまだ勝機があると踏み、企業名を「ウィルコム」と変え、今度は音声通話定額を武器に通信業界に殴り込みをかけました。これが大ヒットし、ウィルコムは奇跡の逆転復活を遂げたのです。

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絶体絶命のアクシデント、そして奇跡のV字回復

ウィルコムの音声通話定額サービスはまたもや高校生や大学生を中心に広がり、「ウィル友」なる言葉を生むほどに。ユーザー数も音声ユーザーを中心に徐々に増え、ついには400万契約を突破。一見順風満帆のようでしたが、またしても時代の非情な波が押し寄せます。

今度はボーダフォンから携帯電話事業を買収したソフトバンクが、ホワイトプランなどの低料金通話定額サービスを武器にシェア獲得へ猛然と乗り出してきたのです。これによってウィルコムの優位はまたもや崩れ、端末性能で追い付けない同社は徐々に人気を失っていきます。

ウィルコムにとって、起死回生の一発はまだありました。それは高速データ通信です。データ通信分野ではシェアを落としつつも一定の法人需要を保っており、ここに新たに高速データ通信事業を組み込む事で再びの逆転を狙っていたのですが、ここで思わぬアクシデントが発生しました。リーマンショックです。


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ウィルコムは高速データ通信「XGP」の開発と事業開始のために多額の投資を行っていましたが、リーマンショックにより資金繰りが大幅に悪化。またカーライルもウィルコムへの大幅な投資を避けるようになり、ウィルコムは完全に手詰まりとなります。

ユーザー数は減り続け、ついには赤字へ。あらゆる手段を講じるも時すでに遅く、2009年9月には事業再生ADRの手続きを正式申請、これによって経営再建を図るものの業界からの不安やユーザー離れが加速してさらに事業を悪化させ、2010年2月に会社更生法の適用を申請、ここに事実上の倒産となったのです。

負債総額は単体ベースで約2060億円となり、通信業態では過去最悪に。もはや打つ手無しかと諦めかけたその時、手を差し伸べたのはソフトバンクでした。かつてホワイトプランで同社の息の根を止めにかかった会社が、皮肉にもその受け皿となったのです。


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ソフトバンクはウィルコムに大きな投資や方針転換を指示するのではなく、大幅な経営改革とコストカット、さらには的確なイメージ戦略に徹することを要求。ウィルコムはここで「音声通話に特化した通信会社」としてのポジションを手に入れ、再び音声通話定額を武器に猛然とプッシュを開始します。

ソフトバンクの戦略は大当たりし、ウィルコムの経営状態はV字回復へ。その後もウィルコムは低価格な音声&データ通信定額サービスを武器にユーザーを増やし続け、2012年9月には同社初の500万契約を突破。経営状態の改善はさらに続き、今回の債務一括弁済、そしてソフトバンクの連結子会社化となったのです。

消えることのない国産通信技術

ウィルコムが抱えていた負債は、本来であれば6年を掛けて返済される予定となっていましたが、事業が予想以上に好調に推移していたことと、今後の見通しが明るいと判断されたことが、ソフトバンクからの資金調達の理由となり、わずか3年余りでの完済となったようです。

振り返ってみれば、簡易型携帯電話としてのPHSという技術は20年近くも前に作られたものです。その20年あまりの間に、携帯電話の世界では2Gから3G、そしてLTEにまで進歩を遂げてきたことを考えると、当時の通信方式が未だにほとんど姿を変えずに使われているというのは奇跡に近いものです。

「PHSは過去の技術」と業界内でささやかれるようになってからも、すでに10年近くが経とうとしています。その過去の技術は未だにユーザーを獲得し続け、人々の生活を支えています。PHS技術がいつまで使われ続けるのか、どこまでウィルコムが生き残れるのかは筆者には全く予想が付きませんが、これからも「純国産の通信技術」としてのPHSが残り続けてくれることを、ほんの少しだけ願いたい気がします。

[ソフトバンク]

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